柏崎驍二『北窓集』


夏の終わりにいただきました。
ありがとうございました。


10首選


上の家下の家ある坂のみち海のひかりが崖[きし]を照らせり
四十雀の巣箱を掛けて三十年巣立ちたる雛二百にちかし
杉山の奥の社に湧く水をふふめば身ぬちいはばしりたり
海を見ぬ日のなく暮らし来し叔母が津波ののちに衰へて逝く
☆天[そら]深くなりてひがしにながれゆく今年の雲はみな死者の雲
小雪散り三月近し嵩上げや盛り土[ど]のことば耳に慣れつつ
被災地の高校生のために書く小文にこころ抑へがたき夜
露天湯の縁に坐したる老人が日にひかる蟻を突如叩きつ
貧の相、苦の影のなき土偶たち岩手縄文の地層より出て
刈草に日は薄くして山鳩はきのふとちがふ方角に啼く
裏庭にひとなつ居りし蛙鳴かず帰りしやかの鹿蒜[かひる]の山に

  • すばらしい歌集。なんとか手にいれて読んでほしい
  • 背景から、震災詠について語られがちになると思うので、すこしべつの切り口を提示したい
    • 引用二首目
      • 以外と戯れ歌に属する歌が目立つのが、本歌集の特徴。たまに投げてみた変化球ではどうもなさそうな感じ、がする。じつはこちらが本質だったりする、と面白い
    • 引用四首目
      • このような「ぶつ切り」の歌は、手練れに似つかわしくないのだが、それを逆手にとった迫力があり、もちろんそれを確信的におこなっている(他の歌をみれば、了解されるものと思う)。
    • 引用五首目
      • 集中代表と思う。上句は、盛岡に住んだ経験のある私の実感を揺り動かすものでもあった。彼の地では、雲はまようことなく東に流れてゆくことがある。また、内陸ゆえに、天球がさらなる深みを見せることがある。「望郷」の念すら湧いた。この歌のような、把握の大きさも魅力。
    • 鳥の歌、日本の画家の歌が多い。特に画家の歌は、それぞれ勘所がうまくとらえられており、感銘を受けた。引用していないが、萬鉄五郎の歌にはとくに響くものがあった。


以上です