京大短歌20号

京大短歌は20号です。素晴らしい。
いろいろ面倒はあるかもしれないですけど、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


一首選


爪にひとつ星が灯っているうちにフェリーに乗って会いにいくから(牛尾響)
つみとったセーターの毛玉を落とす 私は小説家ににはならない(中澤詩風)
空色の空水色の水染めたことのない髪 降りそそぐ声(北村早紀)
真黒いけだものたちが寝静まり私は人の顔をして起きる(向大貴)
終末をいかがお過ごしでしょうかと君の好きそうな誤字を見つける(村川真菜)
躁鬱の合間にだれかきらきらと挨拶をする、だれかきらきらと(橋爪志保)
鍋の底なで終わるとき水道のひとつぶ落ちる音を立てずに(中山靖子)
ハッピーエンドがいいなとおもう 待っているあいだは見上げているクレーン車(阿波野巧也)
攫われたとしか形容できなくて姉と好き合うひとを知らない(榊原尚子)
アドバルーンわたしを遠くへ連れていってはくれないね 冬のたんぽぽ(松尾唯花)
論文の中にそうっと挿し入れぬ大統領の怒りの描写(廣野翔一)
ここからはあなたの暗い森だよね(もういいよ)もうマッチも尽きた(小林朗人)
会話から切り取っておく 水族館宛てに言われた君の「好きなの」(朝永ミルチ)
樹皮をぼろぼっろと剥がしている夢を見たあとでくる不正出血(坂井ユリ)
くりかえし暮らしに君が見るという海はことばが運んでくれる(笠木拓)
唐様で貸し家と書く三代目、ノーミュージックのノーライフ奴(山田峰大)
自転車に乗らない暮らし少しずつ確かに君から離れる暮らし(駒井早貴)
ゆっくりと顔がくずれてああこれは笑いにいたるまでのプロセス(吉岡太朗)
アマランスの滲む氷を凝視してぼくとにてると呟く夕べ(下澤静香)
みずうみの水を飲み干す練習として深皿を傾けている(三潴忠典)
ぴったりの場所はどこにもないけれど海の浅瀬をあなたは歩く(土岐友浩)
世に猫のあまたはべれど入浴のわれをさびしみ鳴くは汝(なれ)のみ(大森琴世)


ゆめにわれは一本の匙 ああゆめの海の襞へ喰い込んだこと(大森静佳)
 色に焦がれて死なうなら しんぞ此の身はなり次第
ぎんいろに凍った雨が伸びてきてぎんいろの檻 傘はひらくな
(あしあとにつきのひかりがしみてくるここをすぎればわたしのきしべ)


わたしつて重い?さうだね、おもひだね。牛割きのこころがふらす雨だね。(藪内亮輔)
憎しみがぼくに座つてぼくは立つ。金色にふるへる銀杏の木
愛滅びない愛滅びない愛はいつかホロンバイル高原になれ


コメントすこし

  • 口語化の決着は虚構軽めの、としても、それを担保している世界の枠組みが壊れたときに、どうなるのかね、というのは、他人事ではないが興味がある。
  • 中山、榊原、大森(琴) 諸氏の一連が印象的。
  • 大森(静)50首は、キャラが際立っててお見事。歌集快進撃の余波もあって、この冊子ではちょっと別格。
  • 文章では『京大短歌』総論(藪内)が超力作。お疲れ様でした。こんなに発掘して読んでもらえたら、亡者も成仏できます。
  • 装丁の美しさ、厚さ、内容等、これまでのものに比べて破格で、20号にふさわしい素晴らしい出来上がりです。編集の阿波野さん、お疲れ様でした。


以上です。