『天の腕』(棚木恒寿)天の腕 (音叢書)作者: 棚木恒寿出版社/メーカー: ながらみ書房発売日: 2006/12メディア: 単行本 クリック: 1回この商品を含むブログ (1件) を見る


十首選


八月の職員室の扉(ひ)はうすく陽が押し寄せぬ生徒のごとく
何の喩でもなき生徒を帰し教室の灯を消しぬ灯は退きてゆく
馴(な)寄りつつ揺らぐ生徒の小波あり上澄みをゆく午後の数学
六月といえば生徒の崩ゆる頃一年生くろく茂り初めたり
まだ熱い朝顔の鉢を抱き移す 近代が来て幾たびのかわたれ
青年をひとり組み伏せ来しような、さあれ筋骨隆々の楠
わが頭蓋感じつつ秋の湊ゆき現(うつつ)としての萩にも触れぬ
老いながら数式まみれなる人の躁の言葉は青空のごと
むかし、僕は君の後ろに並んださ夏の光に白かりし首
陽炎に裏表ある確信を持ちてしずかに板の間に伏す


送っていただき、ありがとうございました。
以下雑感。

  • 教師の歌がよい。歌人には教師が多く、いろんな系統の教師の歌があるが、棚木さんの歌には個性があると思う。生徒に対する距離感がそれ。職業人としての立場と人間としての誠実さのせめぎあいがナマで見える。スレてないというか。「午後の数学」の歌はニヒルな感受性のなかに表現の美しさがある。
  • 連作では、「学校の窓」に惹かれた。
  • 棚木さんの歌が「しんと沁みる清潔な抒情」(島田幸典)を備えているのはその通りなのだが、意外とあるルビ・一字開け・読点の多用が、この素質とあまりケンカしていないように見えるのは不思議。
  • タイトルの「天の腕」はそのものを含む歌があるのだが、そのほかにも「腕」をもつ歌が多い。そして、その「腕」は微妙に解釈しずらい。おそらく、個人的かつ大切な喩であり象徴なのだろう。私は、健康的な自己愛、もっと踏み込んでいうならば、みずからのうちにもある父性の象徴として読みました。


以上です。