時の基底(大辻隆弘)


時の基底

時の基底

先週いただきました。ありがとうございました。


短歌時評98-07ということで、直近十年間に書かれた時評集である。
短歌時評というのは極めて面白い文学ジャンルで、
まずもってその特徴は短い、ということにある。
ある単一の話題、たとえばただ一首のみの歌についてだけであっても、
素早く手短に思いのたけを表現することができるのである。
また当然、時事に対する応答も早い。
短歌時評集とは、そのような短文が細かく降り積もった精緻な地層を示すものなのである。
ちょうどこの十年間は、私が個人的に短歌と離れていた時期と重なっていたこともあり、
本書でこの「時代」の残り香を初めて嗅ぐような思いをすることもあった。
よい「追体験」であったと思う。
以下、雑感。

  • 全体的に非常に率直。
    • 著者自身は自身の率直性を自覚しているだろうし、現れ出る私心のなさを武器にしていると思われるが、それがどうにも嫌味にならない。
    • 論争、というよりも、提示されるトピックについて語り合いたい、という気分になる。
  • 加藤治郎についての言及が思った以上に多い。
    • 非常に明確な加藤像を持っているのだろうな、と思わせる。一度、まとまった加藤論を読んでみたいところである。なぜなら、私個人の加藤に対する評価は、いまのところあまりよいものではないからである。蒙を啓いていただければ、と思っている。
  • 「俵さんが泣いた日」という文章が非常によく、心うたれた。
    • 番外編『岡井隆と初期未来』のようなスタイルといえばいいのか、沢木耕太郎「私ノンフィクション」的な文章は全体に筆がノっていると思う。