夏鴉(澤村斉美)
- 作者: 澤村斉美
- 出版社/メーカー: 砂子屋書房
- 発売日: 2008/08
- メディア: 単行本
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十首選
何年かさきの私に借りてゐるお金で土佐派の図版を購(か)ひぬ
ひつたりと血を落としゐるわが身体昨夜更くるまでアメリカにあり
ぢつと待つ倉庫の中の絵のやうに時の経過を待てといふ人
噴水のひらいてとぢる歌ありき二十五歳の君のWordに
岩の窪は光あつめてつまらなしあの人はもう書かないのです
チケットは紙なれば端がぽそぽそと財布の中でほろびてゆけり
時をわれの味方のごとく思ひゐし日々にてあさく帽子かぶりき
切り替はりし画面にももが浮いてゐるももためらはず泳ぎはじめる
ふてぶてしき暑さによりて死ぬといふ老衰の図を思ひみるなり
手の平に蝌蚪のつているたのしさの十円玉が二、三枚ある
先月のいただきものです。ありがとうございました。
以下雑感。
- 三部に分かれ、おおまかに編年体ということになっている。
- 「しろじろと透く」、「年譜を奥へ」、「黙秘の庭」、「黒馬」、「桜木」、「マンゴー栽培」などがよいと思った。
- 良かれ悪しかれ、ある時期の京大短歌の文体であるな、という印象。
- そのメンタリティは回想を好み、眼前にある未来ですら過去のものとして見てしまうのである。
- 私にはアフィニティが高いものなのだが、そこに現れ出る甘さを嫌う人もあるだろう。
- しかしながら、その甘さを含んだ「夢」から覚めていく過程こそ、この文体が最も輝きを放つ見所なのである。
- 若さのなかにありながら若さというものを閉じようとする意思があり、それゆえに青春歌集なのである。
- 代表歌は「時をわれの〜」ということになるのかな、と思った。