重力(真中朋久)二周目


やや多い新十首選


かばんの持ち手にぎりしめつつ下を向く眠らむとして眠りゐるならむ
諦念のむしろあまやかにふくらんで午後の酸素は吸ひがたきなり
階段をかけおりてゆくきみのすがたちさくたばねて揺れてゐる髪
若月はすでに地平にしづみたるか風にながれてゆく夜の雲
髪ときてひろげたるままに眠りしか子の髪を敷居から布団にもどす
まひるひかりのなかに挙ぐる腕なんの希望も持つてはならぬ
いまだ捨てしにあらぬあまたの可能性を思ひつつ夏夜あゆむくるしく
子のあれば豊かなる生とひとは言へど比べることのかなはねば思はず
先に呼ばれ来てゐたひとが顔をあげ薄笑ひしつつ席をすすめる
この春より辞表何通見たるかと目覚めて思ふ冬の朝暗し
危ふかりし数日を過ぎてふりかへるわが身めぐりのつつがなきこと
ものかげのあそびのごときまじはりも守らねばならぬといくたびか思ふ
いくたびか退職願を見せられてこの春に書くわがねがひぶみ
尸位素餐責めるこゑにもくるしみしが俸給は下から数へるほどなりき
『引越貧乏』読みつつ決めし転身とふたつきすぎて思ひかへしたり
本読むはよきことなれど飯を食ふことの大事をおろそかにすな
重力加速度六桁以下を引き寄せて暁のそらを月はわたりゆく
初期の版画にながくかかりたり回顧展のなかばまできて閉館となりぬ

  • 「過渡期」が非常によい一連と思うようになった。
  • 塔的に上手い歌を採ることを辞めようと思うと少し楽になりました。
  • 家族詠の細やかさにこころ打たれる。
  • 歌集を読めること自体を寿ぎたい気持ちになる。