歌集『朝北』(桜井健司)

歌集『朝北』(桜井健司)はふた月ほどまえにいただきました。
ありがとうございました。


10首選


市場(しじょう)なき日曜日には誰と会わん波の段(きだ)引く入り江遥けし
列島をStagflation覆う日も輝いており金(くがね)相場は
肋骨をとりて企業を作るとう偽書ありぬその背表紙の色
あわれまた子の劣悪な答案が鞄の底に潰れておりぬ
景況のくすむ十月金曜日淡き緑のセーターを着る
工科へと進みて兵役回避せし昭和十九年の父に降る雪
朝まだき西方ゆ来る風受けて日本株式ほてり始めつ
香りたるミツワ石鹸祖母(おおはは)の昭和の肌を清めいしかな
銀行の口座の間(あい)を移動する紙幣はいかな羽音をたてん
累々と救援物資は積まれたりペットボトルの真水のひかり


以下雑感

  • 「財務諸表の薫りたる」「京」「IV部」がよかった。
  • 経済畑の作者は積極的に経済用語を歌にとりこもうとしているが、もうひとつの感あり。
    • 原因はいくつかあるのだろうが、まず経済用語自体にポエジーがない、ところが厳しい。
    • 天気や水の用語で経済用語を受けていることが多いが、それがパターン化しているように思う。
    • 多分、経済用語は二回転必要。喩で1回転させるだけでは難しい。
    • もう1回転は、例えば「歴史」を入れることで、そこでようやく「皮が剥ける」か。
  • 子どもの歌が、実はいい。歌集に時間軸を含ませる大切な歌群。
  • 「IV部」は歌は震災詠で、東京で被災しておられる。突出した歌はないが、水準をきっちり押さえている。


以上です。