歌集『裏島』『離れ島』(石川美南)

歌集『裏島』『離れ島』(石川美南)は先週いただきました。
ありがとうございました。

裏島―石川美南歌集

裏島―石川美南歌集

離れ島―石川美南歌集

離れ島―石川美南歌集

10首選


過呼吸の止、ま、ざ、る、夜を紙袋口に当てつつ羽ばたいてをり
蝉丸の札はみんなが知つてゐて東西南北より伸び来る手
ぼんぼりにキリンビールと書かれありその下の赤い人青い人
枝豆のさや愛でながら〈パンダの尾は白か黒か〉についての議論
倍速でご覧下さい(かなしみは)コロナビールのレモンの落下
駅前にできてゐる湖(うみ)(昨夜未明、見境もなく打ちにき雨は)
トイレットペーパーに深い指の跡、使へば消えてゆく指の跡
雪の日の野球部員のうるささよ 渡り廊下に緑のマット
アルバート、呼び名はバート 薄茶けた上着一枚きりの友だち
降りつもる木の葉両手で掻きわけてこの森の陰核をさぐれり


以下雑感


堀江敏幸柴田元幸が評価しているというので期待していたが、あまり良くなかった。
二点のみ述べる。

  • 非・歌語を取り入れることだけで満足している
    • 草も牛も眠りとろける真夜中に刃のやうな明かりを点す
      • 「とろける」は抜群に上手い。文句はない。しかし「刃のやうな」、これはイージー。このワンポイントだけ良い(他が凡)の歌があまりに多い。気が抜けてしまうのか?
    • 上役が口にするのは裏庭に関する通りいつぺんのこと
      • 「通りいつぺんのこと」を短歌に取り入れたのは彼女が初であろう。それは賞賛できる。しかし、上句は?完全に下に奉仕しており、せっかくの努力がふいになっている
  • 生老病死がない。
    • 私の考えでは、ストーリーはいわゆる「四苦八苦」の組み合わせによっても「表現できる」。石川の歌集には、「老病死」が明確に欠けている。あたりさわりのない「ちょっと不思議なファンタジー」の文法をまともに取り入れすぎで、それを使用して「生」を表現している。だが、「老病死」のない状態で「生」など自立できないのである。
      • 「猛暑とサッカー」という一連は、サッカーの風景に戦争を重ね合わせているか、に見える。しかし、だ。日本語の「中村」を使っている以上、これは日本が舞台と考えるべきであり、彼女には説明責任が生じる、と思う。ファンタジーの戦争ではなく、実際の戦争に構想をとったのならば、これは「死者に対する敬意」を微塵ももっていない、と評価せざるを得ない。


以上であるが、今回は返歌を作ったのでそれも置いておく。


物語あまた抱いて向かへども塩の柱となりたる話


返歌の返歌の返歌(2012.2.3)
 罪人、山羊、塩
しきしまのやまと山羊座のわが舌はあしのうらより百会に至る