歌集『汀暮抄』(大辻隆弘)

歌集『汀暮抄』(大辻隆弘)は先週もらいました。
ありがとうございました。
傑作です。


10首選


川のなかに水ひるがえるひとところありとし思(も)ひて橋上を行く
中央の机にうつしゑを置けりとはに少女のままのうつしゑ
還らざるひとつ腎(むらと)を悔しみて嗚咽したりしとふ妻あはれ
青葱をきざみゐる間に歳を取りわれは土鍋のかたへに眠る
贄浦(にへうら)の浜のやどりの朝粥の匙に掬へば緩きしたたり
栃の実をつぶして搗きし餅といふかすかに舌にひびく苦さの
テレビジョン消せば画面の中心に引きこまれゆく部屋が映りぬ
唐寺のしろさるすべり夏花は疾(と)うに終わりてゐし白き幹
おとがひを私の膝に置きながら宵闇はさつき涙してゐし
東京に往反をせし初夏の二日がほどに麦は色づく
自賛する言葉は卑しかりしかどそれにしも支へらるる生もありなむ


以下雑感

  • 10首ですよ?ちゃんと数えてから文句言ってください。
  • 門司港」「偶成」「童貞聖」「イラ・フォルモーサ」「祖母の辺」「肥前」「南京櫨」「偶感」「香貫」「下諏訪」「柘榴」が良かった。
  • 間違いなく傑作歌集です。京大短歌の皆さん、買って読んだらいいと思うよ。そう見えへんけど大辻さんめっちゃ凄い人やねんから。
  • 冗談はさておいて、素晴らしい歌集である。2012年初頭にいきなり大本命が来て、夏前には出るというあの御方の歌集と何かで競るのは確実。2012の十冊に入ることは決定。
  • 端的に述べる。大辻は大状況を捨てた。小状況に、身の回りに退避した。それがいいか悪いか。全体の柄は小さくみえる。窮屈な言葉、抑制された感情、どこかでみたことのあるしかし新しい言葉の使い方。ただし、言葉の拾い方そのものは、もはや名人の域に来ている。自然詠では、小池光を視野に捉えている。結社誌「未来」で歌が一番上手いのは、多分彼。


大辻さんは、歌会の私の大先達でもある。その意味でも感謝申し上げる。
この歌集については、書ききれないので、某Webサイトで改めて紹介したい。
一月あまりあとになります。