歌集『しんきろう』(加藤治郎)

歌集『しんきろう』(加藤治郎)は今週始めにいただきました。
ありがとうございました。


10首選


何も救えずなにもすくえず雨の日の郵便受けの休会届け
向日葵の種は迷惑メールほどみっしりならぶ みなごろしだ
破裂する苺爆弾 俺たちはまったくもってでくのぼうだった
ジャムパンを割ればあふれる苺ジャムいきたかりけんいきたかりけん
青年の遺影の位置を話し合う蠅のいない綺麗な部屋だ
だれもだれも癒されたいと声にして夏の緑道やあやあまいまい
うががあと火の残像の緑色の俺のリアルにイズムはいらぬ
電気をつけたままの書斎に目覚めたりここは手術室(オペしつ)ではあるまいか
しんきろう、特選、佳作、選外と応募葉書を分類すわれは
細長いマーガリン・パン齧ってる午後には雨になる感じだな


以下雑感

  • 日蝕」「リスト」「転身」「クローバー」「しんきろう」「寸寸」がよかった。
  • 笹井宏之の死の歌、あるいは自身の身の振り方についての歌が圧倒的に良い。
  • 全体として、アンニュイを越えて、疲労感のあふれる印象。字あまり、字足らず、「古い」自己模倣の歌が多く、もがいている様子。なにかいろいろなツケがここにきて出ているのではないか。正直、大丈夫なのか、心配になった。
  • 震災詠関連はほぼ採れない。というか、批判しなければならないだろう。許せない歌もあった。これに関しては、別のところで述べる予定。
  • 歌の要である「三句目」が弱い歌がかなり多く、また、「やさしい」の多用が気になった。

草はらに朽ちた鞄のやさしくて歌はこころのあそびと思う

この歌が典型。下の句はとても大事なことを言っているのだが、それを受けるのが「やさしくて」ではもったいなさすぎる。はっきり悪いのに、歌集に入っている歌が多い。

  • 「古い」自己模倣の歌について。

翌日のバナナはひどく黒ずんだバナナ 世界は検索し得る

この歌が典型。「世界は検索し得る」はあまりにもチープすぎる。加藤が世に出たバブルの頃なら新鮮な世界の把握として受け入れられただろうが、現在ではこんな把握は恥ずかしくてもはや歌にできない。つけている「バナナ」も底が割れている。このような歌もまた、多かった。


以上です。