『燕麦』(吉川宏志)

燕麦―吉川宏志歌集 (塔21世紀叢書)

燕麦―吉川宏志歌集 (塔21世紀叢書)

燕麦』(吉川宏志)は昨年夏ごろいただきました。
ありがとうございました。


十首選(○は一首選)


いやだなあ雨の時代に遇うなんて ゆっくり溶けてゆく紙袋
揺れているスズメノベントウ そんな草ないんだけれどすずめのべんとう
どの石も凶器とならむ石山がこの町の昼にかぶさってくる
印鑑をしずかに捺してゆくように白猫のあし塀をあゆめり
線路から暑くなりゆく春の日に青く小さな碗の花咲く
曇天といえどあかるき空のなか鬼瓦あり眼球は穴
この家のなかにも小さき十字路のありて娘とすれちがいたり
天皇原発をやめよと言い給う日を思いおり思いて恥じぬ
襖ごと高響きしてテスト明けの子が聴いているフー・ファイターズ
あれはみな私服警官(しふく)ですよ、と言う声す蕨のように橋に立つ人


以下雑感

  • 「蝶つがい」「バテシバ」「夜泣き峠」「燕麦」「六月抄」「湧き水」「海上の橋」「トロイア」「靴の雪」「子の卒業」「百夜」「レモン水」「灰降る町」「何も見えない」「寒の酒」「縦列」が良かった。
  • この歌集には三つのピークがある。連作「トロイア」と河野裕子への挽歌群と震災・原発詠である。
    • つまりは、ボリューム感が凄い。
    • やはり震災・原発詠がインパクトもあり現在的な問題である以上、もはや過去の話となってしまった「挽歌」はかすんでしまった印象である。これは読者である私の問題ではあるのだが、残念である。
    • また連作「トロイア」は「古典に着想を得て作る連作の御手本」というべき見事な一連である。この良さは強調しておきたい。
  • 「すずめのべんとう」みたいな、フルコースの途中に出てくる小さな和菓子みたいな歌が好きだし、凄いなあと思う。


以上です。