歌集『すずめ』(藤島秀憲)

歌集『すずめ』(藤島秀憲)は先週いただきました。
ありがとうございました。


十首選(〇は一首選)


けろけろと父は蛙の真似をしてわれは鳴かずに茂吉を読めり
さいたまのたたみに散っている父の癇癪癖のたけのこごはん
父の皮それでもわれに温かいひっぱりひっぱりひげを剃りつつ
いちにのさんで父は湯船に移されるもはや土管の重みはなくて
〇プール帰りの小学生が駆け抜けて父とわたしの影残される
砕氷船のように入り来る救命士 もろかったんだ父との暮らしって
明日からのデイサービスをキャンセルす父は塗り絵が大好きだった
太田光に似ている医師の腕時計正確ならん父は死したり
二年後に父のお骨を取りに来んわたしは二歳老いたわたしは
実印を言われた箇所に捺し終えて秋明菊は抜こうと思う

  • 「そこそこの春」「区民のすずめ」「よろこびの雨」「土管の重み」「残された影」「心臓と言う」がよかった。
  • 本作は四部構成。全体で老父の介護とその死、その後を歌う。I、II部が介護、III部が死、IV部がその後である。感動した。
  • 死を歌うのは難しい。悲しみや感動の押しつけになることも多い。数があまりに多いと、あるいは死ののちもあまりに長く歌われると食傷もする。死者は過剰に礼賛されたり、あるいは逆に過剰に貶められる。本作はきちんとしている。それは難しく、そして素晴らしいことである。
  • 歌柄は三句目「て止め」が多く、植物をかなりゆったり取り込み、ストレートで素朴であり、こじらせた作りはほとんどない。ただ、ポイントにきっちり「段差」のある歌が配され、読んでいて全く飽きないし、密やかな手練れ感がある。
  • 圧巻は大連作「心臓と言う」で、父君が亡くなられたときを描写しているものだが、この一連の歌はどれも良い。
    • 集中に茂吉への言及があり、『赤光』の母の死と通底しているのだろうが、百年を経て、死のあり方や死の描写もずいぶん変わったものだ、という思いである。
  • 技術的なことを言うと、少しだけ混ぜている口語会話体が抜群に効果がある。口語会話体は真言というか本音というか、ともかくまごころであって嘘ではない、というイメージを歌に付与するが、まごころもそればかりでは疲弊し嘘くさくなるので、使い方が難しい。もちろん、ポイントに口語会話体を入れる、というのはすぐにマニュアルになるので、あんまり整えたくはない話題ではあります。