吉川宏志『海雨』(砂子屋書房)海雨―吉川宏志歌集 (塔21世紀叢書)作者: 吉川宏志出版社/メーカー: 砂子屋書房発売日: 2007/02メディア: 単行本 クリック: 2回この商品を含むブログ (8件) を見る


年初にいただきました。


10首選

生き霊に死霊は混じり桜ばな散りたる庭に蟻が出てくる
かたむきて湿れる道にしろじろと茸が立てり茸の浄土
青き光浴びたるのちの二ヶ月を昭和天皇のごと生かされつ
顔面の力で男は断るなり河の明かりにさらす顔面
五階より見れば大きな日なたかな墓の透き間を人はあゆめり
いつか僕も文字だけになる その文字のなかに川あり草濡らす川
パレットにわれのつくりし草緑「いい色だな」と子どもは使う
川あれば川の向こうに行かざりし幼き日なりカタバミの花
夜昼を降りたる雨にまんじゅしゃげ溶けてしまえり青茎が立つ
雨の夜を帰りきたれば部屋じゅうに妻のからだの影がひろがる
この雨に傘をさすのは大げさか黒いアゲハのような傘なり
ほんとうは歩けるのだと夕暮れに秘事のごとくに祖父は言いたる
「オランウータンが犯人やったんか」布団のなかで子は声を上ぐ


短歌の数、幾分多く見えますが気のせいです。


総じて「お墓の歌集」という印象でした。
墓、墓地、霊園、死者に溢れています。


以下はどうしても書いておきたいこと。
吉川さんは、以前から丁寧で真摯な社会詠を作ってきたかたですが、
今作には確固としたスタンスにボリュームが加わっています。
遊就館にて」「夏の墓」「谷中霊園」などは大変な力作で、
”上手い歌””家族詠”といったいままでよく語られてきた
「吉川属性」だけでは捉えられません。


私は、直感的に”反撃”という言葉が浮かびました。


必読歌集です。
買うべきでしたが甘えてしまいました。
ありがとうございました。