『夏空彦』(大辻隆弘)



十首選


五十鈴川のみなもとふかく辿りきて高麗広(かうらいびろ)といふ字にあふ
うまくない移民の歌におぼれゆくその誠実を疎むにもあらね
ジャパン・ブルーといふ青を着る若者のさはさはせるに乗りあはせたり
脚長き月の明りをもう死んでゐた者たちが踏みしめてゆく
売れることなきアイドルの類型に嵌(はま)りたるころ我も忘れつ
運ばるるふたつの棺に掛けられて日の丸はああ滑り落ちやすし
菜畑とふ駅をよぎりて春はやき平群(へぐり)の谿を下り来たりつ
斑鳩はうすらに曇り幾千の仏のからだまどろむところ
夏日傘かざしてひとの過ぐるとき水に映りてゐし橋の裏
てのひらに真白くひろき陸(くが)ありてそこゆく駱駝商人のわれ


送っていただき、ありがとうございました。
以下雑感。

  • I部(2002-03)とII部(2004-05)に分かれている。傾向として、実際の出来事に取材した歌の多いI部と虚構・幻想のがわに傾いたII部に分かれるか。個人的には、それぞれ「ノベンタ終刊に寄せて」と「斑鳩早春」の一連が良かった。
  • 祖母を歌った長歌反歌十首からなる「幻火」が意欲的。
  • 散文っぽい歌が多い。岡井隆の影響だろうか。個人的にはあまり好きではない歌い方なのだが、旧仮名書きだと見た目が決まるのが不思議。
  • 思想詠が散文化しているような気がするので、これは一種の婉曲表現なのかもしれない。
  • 「ジャパン・ブルー」の歌はワールドカップの時の歌。代表のレプリカ・ユニフォームの素材は確かに「さはさは」がふさわしいものだった。五年後の現在、この歌の入ったW杯の一連により、当時抱いた感慨が自身のうちで風化したことを感じると同時に、レプリカの印象のようなものが意外に生々しく残るものだということに気付かされた。


以上です。