歌集『X 述懐スル私』(岡井隆)&評論『短歌は記憶する』松村正直

歌集『X 述懐スル私』(岡井隆)は先月初めにいただきました。
ありがとうございました。


10首選


つどふ人なべてわれより若ければランプの芯を細めつつ座す
学説の雪ふかけれど未知未踏なればこそ行け学究なんだろ
どこからか女人(にょにん)のかげの射(さ)すあたり友情は斑(ふ)をもてりけるかも
俺にとつて今正服(せいふく)つてなんだろう大門外に揃ふ警吏ら
夏のはじめ美田のやうに思つてゐたその場所が水に鍛へられてゆく
授賞式前日父母に会ひに来ぬひしひしと墓きつきつと百舌
枕頭の書にこのふみを置くまでにこころ弱まりて弥生すぎたり
酒のみて僧をののしる男らに叔母への看とりを謝してかへり来
書き上げたが書き終わつたつて気がしない食べてしまつた鱈ののこり香
靴一つで速さがこんなに変るのだ桜の枝もあかるくみえる


以下雑感

  • 喩に口語を混ぜる歌が独特
  • 「旧知旧友の死に憶ふこと」「真贋」の一連がよかった
  • やや不明な句点、一字空けが多い


評論集『短歌は記憶する』(松村正直)は今月初めにいただきました。
ありがとうございました。



松村正直の評論には以下の二点の特徴がある。

  • 引用短歌を多くし、その評を最小限に留める(喩などへの関心・好悪はストイックに隠す)
  • 社会的事項の資料の記述に文章を割く(資料渉猟の過程などは隠す)


この作法により、多くのトピックが似たような相貌を帯びる。
サブカルチャー」「ゴルフ」「家屋」「仁丹」「軍馬」「ヒロシマ」「靖国神社」「八月十五日」「樺太」「サンシャインビル」「清原日出男」「石田比呂志」「三枝昂之」「永田和宏(の母)」
が、全て同一の地平に並ぶ。
それは驚くほど単純で平板な見晴らしのよい風景である。
むしろ、これらのトピックを記述するために、短歌それ自体は邪魔であるかのようでさえある。
この作法で"斬れない"トピックはおそらくあるまい。
松村正直のリストの中に、「高安国世」「土屋文明」が入るのもまもなくである。