歌集『エフライムの岸』(真中朋久)

歌集『エフライムの岸』(真中朋久)は今週入手いたしました。
待望の第四歌集です。


10首選(○は1首選)


全開の窓にカーテンはひるがへりのぼりくる風はガソリン匂ふ
みづからを手長猿めと思ひつつ直立微前傾にひとの話聞く
空調機のかげのくらがりに走り入りてふりかへる猫のふたつまなこは
帽子ふかくかぶりてひとはグラウンドを対角線によこぎつていゆく
からうじてつなぐ消息きみのつなぐ消息なぜにきみがつなぐか
身ぶるひして始動するバスに三時間あまりわたしの身体を託す
ひかれひかれとみがく玻璃戸のむかうから手をあげて来る友と気づきぬ
見殺しにしたと言ふこゑいくたびかわたしの留守に妻をおびやかす
ところどころ層序を乱し掘りかへす積みたるなかにあるとおもへば
○地獄とは何か応報とはなにか『神曲』にはなんと書いてあつたか

  • 「墨」「猫の手」「くろきプロペラ」「旅の葉書」「行啓誌」「坂口王子」「明朝体の鱗」「亥」「焚火」「小雪庇」「突堤」「光」「乳鉢」「雨のしづく」「訛音」「たかくたかく」「筆算」「公開緑地」「日々のつとめを」「松林」「頭の上の銭」「柿の坪踏切」が良かった。
  • 2006-2010の歌をまとめたものなので、2011以降の歌はない。
    • 現状で、2011を出さない、という意志の表明で、それは「ゆっくり遅れていく」という宣言である。徹底した立ち位置である。
  • とはいえ、震災・原発は濃厚に匂いたっている。震災については、関東大震災阪神・淡路がテーマにされ、特に関東大震災の「流言飛語」絡みの話題を扱った一連ふたつは、タイトルにもつながり、また現在の社会の分断状況も視野に入れている。原発については、東海村が出てくる。いまや福一があり、論点はそこから始まっているわけだが、それまでには、もっと長い長い複雑なエピソードや立ち位置がたくさんあった。それらはもうほとんど押し流されているわけだが、それらの論理のなかで生きてきたひとびとの記憶は残されるべき価値がある。
    • 歴史をややさかのぼり、違うが似ているポイントから歌を作るということ、物事を平板に見ず「立体的に」見て、できるだけ洩らさずにゆく、という実践の記録というべき。
  • 朝鮮戦争の死者や「台湾編」など、東アジアの歴史・風土に関わる歌群に存在感があり、歌集が広く感じる。品川駅の歌も。
  • 一方で、うるおいにはやや欠けるかもしれない。『重力』では印象的だった家族詠も控えめになっている。思想詠的な部分を読みに要求されることが多いので、おのずから「息苦しさ」があるように思う。