重力(真中朋久)


(やや多い)十首選


直言をせぬは蔑するに近きこととかつて思ひき今もしか思ふ
任されて屋上を守るいくとせか凪なればちからぬきて見下ろす
あるかなきかのしぐれの雨を頬にうけて暗渠のうへの道をたどりぬ
死者が歳をとることがあるか成人した妹が夢にわれを打ちたり
精神は実体なれど物質にあらず物質はよりしろと思ふ
山はいま緑の炎につつまれてくるしき季に入りゆかむとす
笙を吹くひと笙を吹くひとを描くひとポケットに手をいれてわれは
つづまりは力あらぬゆゑ妄念をうつつに引き寄せることもせざりき
モーターのうなりをはらむ二輌来てそののち二輌かろやかに過ぐ
声の和の群声の和のうねりつつ金堂のなかにひびきゐたるなり
鬱屈をふかく沈めてゐるゆゑに臓器提供し得るとも思はず
すべて政治が根本にあると言ひ得たる時代を羨しとも思はず
高知便の離陸せしのち羽田便の重おもとながき滑走が見ゆ


先々週いただきました。ありがとうございました。歌一首一首の弾力が強く手強い歌集という印象です。いいと思った一連は「重力」「よりしろ」「蓋」「それならばみえる」「襖のむかう」「弩」「くまのぬひぐるみ」「コスモス」「冬の伽藍」「滝」「裏窓」。

以下雑感。

  • 転職にまつわる人間関係の苦い思いを歌った歌に立ち止まる。
    • 思ふ。思はず。の歌が多い。箴言的な歌に惹かれる。
  • 本の歌があいかわらず面白い。忍者無芸帳は禁書など。本一家。
  • 鉄道がらみの歌の鉄分が濃く、わかるひとにはさらに面白いのであろうと思わせた。
  • 字あまりの歌が多いのが特徴だが、腕の冴えがある領域に達しつつあるように思われる。私が思うのは茂吉。